新国立劇場「ウェルテル」感想

新国立劇場の「ウェルテル」を観てまいりました。初めてのオペラで不安もありましたけれど、ウェルテル自体は読んでいたので内容は理解できたかなと。ただやっぱり音楽に関してはさっぱりだなあ。プログラムの「各幕の観どころ&聴きどころ」で色々と書かれていましたけれど、読んでから演奏を聞いてもいまいち合致しなくて残念です。もう少し頑張りましょう。すやすや。オーケストラってどう勉強したらいいんでしょう。いっぱい聞くしかないのかしら。

文楽同様字幕が脇に表示されるので、フランス語がさっぱりでもよく分かるようになっていました。一階席でもない限り、舞台上方から見下ろすような形になるので、舞台を観て、上の字幕を見て、というふうに視点が行ったり来たりしないのはありがたいですね。文楽はもうほとんど字幕を見るとかいう阿呆な観客なので……。馬鹿には辛いぞ。始めドイツ語か? だとか思ってきいていたんですけども、子どもたちが「めるしー」と連呼していて子どもだけフランス語なの!? と上演中首をかしげていました。ちゃんとHPにフランス語と書かれています。

どこから書きましょう。順序立てて分かりやすく書きたいものなのですけれど、とりあえず舞台装置から。

一幕目はロッテ、というかシャルロットと書いた方がいいだろうか。私の中では髙橋義孝訳が基準になっているのでロッテでもいいかしら。
まずロッテ宅の庭から舞台が始まります。奥の背景に大樹が写っていて、照明で木漏れ日を表現していました。全体的に言えることではありますが、装置がとても重厚的で質量があり、ずっしりしています。歌舞伎の平面で明るい木造とはまた違った作りで新鮮です。横に広くはあるのだろうけれど、高さがあるので縦に大きい印象。お金かかってるんだろうなあ。あれどうやって動かしてるんでしょうか。舞台裏にあれが収まるって一体どれくらい大きいのだろう。

二幕は教会の中庭かその辺りだろうか。
三幕がロッテ宅の中で、四幕がウェルテル書斎。

演出のニコラ・ジョエルは舞台装置について「基本は閉鎖的空間」を作るよう依頼した、と語っていますが、それがよく現れているのが四幕なのではないかしらと私は見ています。

ウェルテル書斎は梯子があるほど高い本棚が奥の壁一面で、窓から差し込む光は床には落ちるけれど肝心の窓は舞台では見えないくらいに高い位置にある(っぽい。ぽいぽい)、階段を使っているところから恐らくは二階以上、とこれだけを考えると高さが強調されているように感じるのですけれど、やっぱり息苦しさを残しているのだから不思議です。
ウェルテルが倒れ伏しているところに、その窓から入ってくる月光は当たっていないというのが強烈でした。これもジョエルが、ウェルテルは「社会に対して困難な状況を抱えており、自然を賛美しつつも自分の逃げ場にしている」と語っていることから考えると、暗い部屋の中に差し込む明るい月光という、もしかすると救いにでもなりそうな光ではあるのに、それを受けることができないという点から、ウェルテルの境遇を色濃く表しているのだろうかなと思います。

一面の本棚といい石造りの建物といい高い窓といい、まるで独房を連想させるように思うのですが、これは考えすぎだろうか。アッ、どうして階段という要素を盛り込む必要があったのだろうと引っ掛かっていたのですが、左右から入って来れないという状況を作り出したかったのかな。うわー! まさに閉じた空間だー! 地下にしなかったのは書斎に地下室はないだろうというのもあるだろうし、そもそも舞台の構造上(上から登場)無理というのもあるだろうし、地下だと月の光を出せないということもあったのだろうか。ひょっとすると月光というのは自殺という救いを暗示しているのだろうか。どうなんでしょう。分かりませぬ。とりあえず出られないのだから死ぬしかないよね。

それは違うのではないかしらと私が思ったのは「ウェルテルの死は、誰しも起こりうる人生の失敗を象徴するからこそ、時代を超えて、我々の心にも響くのです」とジョエルが言っている点で、原作のウェルテルに比べれば、オペラウェルテルは失敗どころか大成功だろうということです。
両思いだし最後は看取ってもらえてるし、結構幸せですよね。原作を見ろ……ロッテ死に目にも会ってくれなかったんだぞ……好いたおひとの胸に抱かれて死ねるなんてこれ以上の喜びがあるだろうか。

原作(髙橋義孝訳)との相違といえば、アルベールの役柄が随分変わったかな、というところ。読んだのがだいぶ前なので記憶違いが多々ありそうですが。
顕著なのがピストルを渡すシーンで、原作だと軽いノリで渡してあげてちょ、と言っているのに対して、オペラだと完全に分かってやってましたよねあれ。前者は最後に驚いていたという記述から推測するに、本当に旅に出るのだろうと思っていたのだろうけれど、後者はアルベール自身もウェルテルの自殺に勘付いていたような演出で驚きました。「なんという目つき」とロッテが言っていたように記憶しているのですが、あれはアルベールに対してで合ってますよね……? 確かに二幕最後でアルベールは「彼は彼女を愛している」とは言っていたけれども、それが明確な殺意となって現れて来るとは驚きでした。いま気がついたんですけどアルベールはロッテの気持ちにも気づいていたのだろうか……。

原作だとウェルテルは自殺というよりは、ロッテに殺されたようなものだよなあと思っていたのですけれど、オペラだとアルベールが殺したも同然でおおいい感じにウェルテルとロッテの悲劇に作り変えられている……! と感動です。どちらが好きかと問われるとやっぱり原作なんですが、分かり易さでいったらオペラですよね。舞台である以上下手になんなんだこいつ……と思わせるよりは、心情が明確である方がいいのかしら。そうすると分かり易く且つ泣かせるものを作るというのは大変なのだろうな。どうでもいいけれど原作のどうしようもないウェルテルとロッテがすき。

ロッテの衣装は暗く、妹のソフィーの方は明るいというのは対照を意識されていたのかしらと気になるところです。ウェルテルが死んでからふと、ロッテの衣装は喪服では? と思ったのですがどうなのかしら。いずれにせよロッテの気質はよく現されていますよね。KURAI。

あとは何か書くことあるかしら。ほんとうはもっと音楽が云々かんぬんですとか書けたらかっこよかったのですけれどさっぱりだ。